私が開院した理由

〜高校時代のケガ〜

0330高校時代は硬式野球部に所属し甲子園を目指し、
日々汗と泥にまみれながら厳しい練習に明け暮れていました。

休みは正月のみでケガや体調を崩し練習を休めばレギュラーから降ろされるという不安の中で日々が身体の痛みとの闘いでした。

そんな中、とうとう右肩も限界を越え整形外科へ受診しました。

診断名は良性の骨嚢腫で分かりやすく言えば、右肩の上腕骨の内部に水を入れた風船が
入っているようなもので、膨らみが大きくなってくると痛みが出たりひどくなると
外からの衝撃で腕の骨が折れてしまう病気でした。

〜先の見えない痛みからの出会い〜

それからというもの右肩の痛みと騙し騙しの日々が始まりました。

日常生活に激しい痛みは伴わないものの、投げる動作痛が
なかなか引かず満足に投げられませんでした。

そのため、守備練習の時間では右肩のリハビリを中心に
別メニューをする機会も増えました。

「仲間が過酷な練習をこなして成長しているのに
自分は何をしているんだ」という劣等感にも苛まれました。

そんな中、心の支えになって下さったのが同校を卒業し
一つ年上でトレーナーの実習でいらした先輩でした。

先輩の人柄も素晴らしかったのですが
早く現場復帰できるように一緒にリハビリのメニューや
トレーニングメニューを考え教えて下さいました。

世の中には、こんなにも素晴らしい職業があることを知り
自分もカラダのことで悩みを抱えている方の力になりたい
という思いで医療の道へ進むきっかけとなりました。

〜医療の道へ〜

0332高校を卒業後、スポーツトレーナー科がある東京スポーツ・レクリエーション専門学校へ入学します。

朝から夕方まで座学と実技の授業、夜はバイトと
毎日が時間に追われる生活でしたが
沢山の方々と触れ合い充実した毎日でした。

その中で、プロ・アマチュアのスポーツ選手の治療に携わることも素晴らしいですが、
目の前の日常生活に苦しむ方々と触れ合い
治療していきたいという思いが強くなっていったのです。

卒業後はさらに治療の幅を広げるべく鍼灸学校へ入学し
朝から夕方まで都内の整骨院で働き、夜は勉強の日々が続きました。

整骨院の院長先生や諸先輩方の考え方、治療技術など毎日が新しいことの連続で
充実し整骨院での教えが治療家としての基礎となりました。

しかしながら時折、目の前で痛みや辛い症状で苦しむ方に対し
無力である自分を思い知らされることもありました。

〜新たなる出会いと転機〜

都内の整骨院で7年間、働いた後、地元の埼玉県で
辛い症状で苦しむ方のお役に立ちたいという思いが強くなりました。

そんな時に友人からお話しをいただき
現在の整骨院へ入職しました。

ここで衝撃を受けたのです。

それは、とある治療家の先生との出会いでした。
その先生は素晴らしい人柄で患者さんに慕われ勉強熱心で
常に最新の医学情報や技術を学び吸収されています。

治療家としての考え方や患者さんとの接し方など共感することや
学ぶことが多く治療家として成長させていただいています。

そんな先生との繫がりでカイロプラクティックの一つ
アクティベータメソッドのセミナーに出席した際には
とても熱い先生方のご指導で治療技術や考え方の幅が広がりました。

TMSジャパンの長谷川先生には慢性疼痛に対する世界規模の最新情報を教わることで
今までの「カラダの構造が痛みの原因」という考え方から
「機能的」「心理・社会的要因」からくる疼痛の知識を教えていただきました。

〜治療家としての再出発〜

日々、めまぐるしく変化していく時間の中で新しい環境の
変化に順応していくことは大変なことだと思います。

その変化についていくために生じた
お身体の不調や悩みを抱えている方も多いことでしょう。

そんな状況下の中で、健康であり続けるために、
この先の人生を周囲の方々と笑って過ごせるように
サポートできる存在でありたいと考えています。

あなたとの出会いを大切に。

スタッフ一同、ご来院をお待ちしております。

最後まで長文をお読みいただき、ありがとうございます。

北本総合整骨院 責任者 五十嵐 秀次